コラム

納骨堂で働くということ―それぞれ想い―

「残された人のための法要」管理部門・栗原さんの場合3

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残された人のための法要

法要や納骨、墓碑の購入……。東京御廟には様々な問い合わせがよせられる。

できるだけ法要のコストを安くしたいんだけど……。なかには法要や供養をそれほど重視しない人もいる。そんな相談を受けた場合、要望に合わせたプランを提案する。

けれども、ときには本当は手厚く弔いたいのだが、経済的な事情で難しいと悩みを零す遺族もいる。栗原はいう。

「お客さまが『それで大丈夫でしょうか』と不安を口にされたら『そのお気持ちが一番ですよ』と。私はしっかり弔いたいという思いが大切だと思うんです。お葬式も法要も生きている私たちのご供養したいという心をあらわして行うものですから」

とはいえ、一般的には、法要は死者のために行うと考えがちだ。

のこされた者たちのための法要――。東京御廟を管理する町屋光明寺の住職はこう説明していた。

「ご親族が集まる法要やお墓参りは、私たち浄土真宗では亡くなった方を供養するだけではなく、故人様のご縁や如来様のお導きによって、家族や親類が支え合って生きている縁を再確認する機会、ひいては自分自身の歩みを振り返る場なのです」

東京御廟で働きはじめて生じた栗原の気持ちの変化も、のこされた人たちに日々接しているからもたらされたのかもしれない。

故人の享年や命日……。栗原は埋葬許可証や法要の申込書などの書類の整理や確認をしながら、子どもや若者の死に触れるとふっと心が痛む瞬間がある。

「この仕事をはじめたばかりのころは、亡くなった方に対しての気持ちが強かった気がします。まだ若いのに……と。でも、いまはのこされた方たちを思って、辛い気持ちになるんです」

悲しい気持ちを抱くご遺族と日々接しているからこそ、遺族に安心を抱いてもらえるにはどうすればいいか、どのような言葉をもちいれば気持ちにより添えるか、栗原たちは考え続けているのだ。

(続く)

文・奥田竜之介

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