コラム

納骨堂で働くということ―それぞれ想い―

「様々な気持ちの有りよう」管理部門・栗原さんの場合4

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様々な気持ちの有りよう

90歳で大往生を遂げた高齢者の遺族と、突然子どもを亡くした夫婦、あるいは自らの終の棲家に納骨堂を選ぼうとする人では、死の受け止め方は当然違う。東京御廟には様々な死に直面した、または自分自身や身内の死について考える人が、日々訪れる。

そんな人たちとの出会いのなかで栗原が改めて気づいたことがある。

それは、のこされた遺族の様々な気持ちの有りようだ。

「突然の死を受け止めきれずに激しく動揺している方もいらっしゃいます。長く闘病された方を看取った方のなかには『悲しいけど、どこか安心した気がする』と安堵の気持ちを零す方もいました。のこされた方々の雰囲気に合わせて対応しなければならないな、と思うのです」

のこされた方々の雰囲気に合わせると一口にいっても、繊細な心配りが必要だ。

「雰囲気を読むのに大切なのは、経験を積んで仕事に慣れること。そして逆に、いくら日常的にご遺骨などに接しているとしても慣れてしまわないこと。敬意を持って慣れた対応をするのが、大切なのでは、と感じます」

敬意を持って慣れた対応を――。

東京御廟には、そんな思いを持ってご遺族と接しているスタッフたちがいる。彼女たちは、もともと仏教に造詣が深かったわけでも、特別な動機があったわけでもなかった。

ただ、遺族の悲しみに向き合って、大切な人を供養したいという思いに応え続けようとしていた。栗原は、こんなふうに仕事のやりがいを語った。

「泣いたり、落ち込んだりしている方が、納骨をして年忌法要をして……年月を経ていくなかで穏やかになっていく姿を見ているとこの仕事をしていてよかったと思えるんです」

都心の納骨堂である東京御廟を支えているのは、そんな温かな気持ちだった。

(終)

文・奥田竜之介

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