コラム

納骨堂で働くということ―それぞれ想い―

「若くして体験した大切の人の死」契約担当リーダー・鈴木さんの場合2

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「若くして体験した大切の人の死」契約担当リーダー・鈴木さんの場合2

納骨堂は、普通のお墓よりも故人との距離を近く感じられるような気がする、と東京御廟で働く鈴木はいう。

「若いころから死を身近に感じざるをえない状況でした。若くして亡くなった友だちが多いんです。小学校時代、友だちと写した写真があるのですが、そのうち5人中、2人が病気で亡くなってしまいました。中学時代も、同級生が亡くなりました。それから中学時代の先輩、仲のよかった友だちのお兄さん……」

鈴木は、指を一本一本折って早世した友人たちに思いを馳せながら続ける。

「そのせいか、中学生くらいになると亡くなった人を弔う意味を漠然とですが、考えていたように思います。友だちの年忌法要にも参列しましたし、お墓参りも欠かしませんでした。子どものころからお墓や仏壇に手を合わせることが大切なことなんだと感じていました」

そんな宗教観を養ったのが、明治時代生まれの曾祖母だった。「ひいお婆ちゃんっ子だった」という鈴木は、毎朝、仏壇にご飯やお水を供え、曾祖母と一緒にお経を唱えた。

「縁がある人と出会うのは一生のうちでも数少ない。縁がある人は大切にしなさい」

曾祖母は、常々そう語っていた。その言葉通り、面倒見がよかった曾祖母は、困っている人にはすぐにお金を貸してあげるような情が深い人だった。

30年近くも前の曾祖母の通夜と告別式が忘れられない。

16歳だった鈴木は、徹夜で曾祖母の亡骸の傍らにいた。「早く寝なさい」。遺影の曾祖母が深夜まで起きている自分を心配して怒っているように見えた。「でも、線香を絶やしちゃいけないから……」と心のなかで曾祖母と会話した。

告別式では「昔、世話になった者です」と顔も知らない弔問客が大勢参列した。

曾祖母の言葉が一層心の響いた。

身近な人たちの死が、大切な人を喪った人が足を運ぶ東京御廟での仕事に繋がっていると、いま、鈴木は感じている。

(続く)

文・奥田竜之介

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