コラム

ここで一服

第20回 散骨の旅へ (散骨について・下)

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散骨をするうえで、気をつけなくてはならないことがあります。

故人の思い入れが深い土地だからといって、
当然、どこにでもお骨を撒いていいわけではありません。
地域住民とトラブルが発生したケースもあります。
衛生面の問題も考えなくてはなりません。

たとえば、海に撒くといっても養殖場などがあった場合は、
地元の漁業者は反対するでしょう。
また海外でも規制している国がありますから注意が必要です。

また散骨という言葉の認知度に比べ、
実際に散骨に踏み切るご遺族の方はそれほど多くないのが現実です。
私たち東京御廟でも、散骨したという話を聞いたことはありません。

前回もお話したように、散骨はご遺族が故人の思いを叶えるという意味で、
とてもいい弔い方だと感じます。

けれど、なかには散骨に抵抗感を抱く人もいます。

散骨のほとんどは一部を分骨して行います。
散骨に限った話ではありませんが「分骨してもいいんでしょうか」
という相談を受けることがしばしばあります。

分骨は、故人の身体を引き裂くようなイメージがあるのでしょう。
ためらう人は思ったよりも多いようです。

また樹木葬なら樹木の根本に亡き方のお骨が埋葬されているわけですが、
川や海に流した場合、亡き方の一部が失われてしまいます。
故人が願っていたとしても、戸惑うご遺族も少なくありません。

骨を撒くことで自然に還っていく。亡くなった方の思いに報いる……。
散骨は、今後、徐々に理解されていくのではないかと思います。

実は、私はひとつの夢を持っています。
いつか、東京御廟の利用者の方たちとの散骨の旅を企画したい、と考えています。

散骨の旅をきっかけに、仏教について向き合っていく人たちが集うような場を作れれば、と。

取材・構成/山川徹

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